体罰は、絶対悪?~親による子どもへの体罰禁止を法制化~

こんにちは。一見さんをお得意さまに変える、おもてなしデザイナーの洞澤葉子です。

昨日は、かなり衝撃的なニュースが報道されました。
親の体罰禁止、法制化を閣議決定。

これは、「児童虐待防止対策」の強化に向けて、児童福祉法や児童虐待防止法などの改正案で、その中に、「しつけ」と称した悲惨な虐待事件が相次いでいる問題を受けて、「親による子どもへの体罰禁止」を明記したというものです。

これを受けて、ネット上では「どこまでが体罰でどこまでが『しつけ』になるの?」「これはやるべき」などと賛否両論が渦巻いています。

体罰は、絶対悪?

三人の男の子を持つ母としては、確かに体罰・暴力は良くないと思いつつも、人としてあるべき姿に関わるような、悪質なことをした場合には、暴力を伴ってでも止めなければならないのが、親の責任であるとも思います。

例えば、友達に対して陰湿ないじめをした場合、例えば友達に怪我を負わせて謝らない場合、例えば約束を破って夜遅くまで遊びまわっている場合。

そんなときに、思春期の子供たちに、話して聞かせるだけでいいですか?

私はそんなときは、「絶対にしてはいけないこと」という毅然とした態度を見せるためにも、きっとビンタしてしまうと思います。

学校ではすぐに、暴行だ!教育委員会に訴える!という、親からの苦情におびえて、先生たちは強く言えない立場。

親は、子供なんて、親の言うこと全然聞いてくれないし、だからってたたいたら罰せられるんでしょ?としつけを放棄する場合も、きっと出てきます。

いったい誰が、子供たちに「善悪」を、覚悟を持って教えていくのでしょう。

親の虐待について、大人たちの「怒る(いかる)」と「怒る(おこる)」の決定的な違いの、理解不足も、多いに関係があります。

私は、このように考えています。

「怒る(おこる)」は、相手がしたことに対して、間違っていることを指摘し、改めさせるための行動。
「怒る(いかる)」は、相手がしたことに対して、自分の中で沸き起こる感情をぶつける行動。

暴力というのは手段であって、その裏にある理由のほうが、数倍重要ではないでしょうか。
「おこる」ときに振るう暴力は「しつけ」であり、「いかる」ときに振るう暴力が「虐待」なのかもしれません。

単純に「暴力を悪」とするのではなく、なぜ暴力を振るわなければならなかったのか、大人の心理を読み解き、その理由をなくすための解決策を施していかないと、逆に暴力を伴わない陰湿な「虐待」が行われそうで、とても恐いです。

孔子は、政治を行うものの心得についてたずねられた時に、このように言っています。

食を足し兵を足し、民をしてこれを信ぜしむ。
子貢が曰く、
必ずやむを得ずして去らば、其の三者に於いて何れをか先にせん。
民は信なくんば立たず。

「民の「食(生活)」を十分にし、「兵(軍事)」を整え、人民の「信」を得るようにすることだ。」
子貢が聞きました。
「やむをえず、この食・兵・信の三つの中で、どれかを諦めなければならないとすると、どれが先になりますか。」
「もし、民に為政者に対する信がなければ立ち行かない。」

世の中が乱れる時に、一番大きな混乱原因となるのは「信」の欠如です。
「信」がなくなったときに人の心は乱れ、世は乱れていきます。

人の心を動かすものは、モノやお金でもなければ、権力でもありません。
むしろ「信」しかないのです。

形ばかり整えて、この「信」の部分がすっぽり抜けたまま、話が進められているのが、このニュースの本当に恐いところではないかと思いました。

孔子はこのような言葉も残しています。

教えありて類なし。

教育は人を選ばない。
(どんな種類の人も、教育によってい向上する)

人とは、教育によって、あるいは人との出会いによって、良い方向に変わりうるものなのだという希望と決意を託した言葉です。
あの人は大丈夫とか、この人は駄目とか、あらかじめ選別するようでは、教育が存在する意味がありません。

もう一つ。

性、相い近し。習えば、相い遠し。

人は生まれたときには互いに似ていて近い。しかし、学びの有無によって善にも悪にもなり、互いに遠く隔たる。

生まれながらの悪人はいない。
それならば、悪人にならないような環境があればいい。

私が自ら起業し、さらに起業家を応援したいと思うのも、これがあるから。

自ら挑戦し、時に失敗しながらも、目的に向かって頑張っていける環境があれば、自分で考え、人間として成長できる環境があれば、どんな人もどんな時からも、成長し続けることができると思っています。

虐待は、とても悲しい。
でもそれを法律で縛るのは違うと思う。
虐待が起こらない環境をつくるために、いま私ができることを考えて、精進していきます。

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